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戦争の悲惨さ、愚かさを描いた「野火」がRAINDANCE FILM FESTIVALで上映されました。「鉄男」などで知られる塚本監督が この作品に込めた思いや映画完成までの苦労などについてお話を伺いました。

●「野火」の紹介と、制作のきっかけをお願いします。
作家、大岡昇平氏が実際のフィリピンに兵隊として戦争に行った経験を基にした小説が原作です。軍部から見放されて原野をさまよう一等兵、田村の目を通して戦争の恐ろしさと愚かしさが浮き彫りにされています。
高校生だった時に読んで、最初の劇場映画「鉄男」を作った時からいつか撮りたいと思っていて、三十歳を過ぎて具体的に動き始めました。最初は「賛同はするけどお金は出せない」という感じだったのですが、時間が経つにつれて「賛同もできない」となってきました。昔の「戦争は絶対悪だ」から「必要があったらやらなければならない」といった具合に、日本の風潮も変わってきて、その中ではボロボロになっていく兵隊さんという映画は段々必要とされなくなってきたのでしょう。最終的に二十年もかかってしまいました。

●いつごろから変わり始めましたか?
戦争を体の痛みとして体験されている方が、少しずついなくなり始めた十五年ぐらい前からと思います。人によっては「時代が変わった」とか、「世情が変わった」とか言うんですけど、それだけでなく、歯止めがなくなったようです。そんな風潮に抗いたいと思って撮りました。

●最終的に自主制作、主演もご自身となりました。
一人でアニメを作ればと考えた時期もありましたが、やっぱり実写のほうがいいなと、お金はないけど「とくかくやろう」と決めちゃって、後は必死になって色んな作戦を考えて、色んな人の協力を得ました。
大作としてやるのが自分の夢、目標だったのですが、これ以上待ったら作れなくなるのが分かってきました。そこで、一番切り詰めた形となると自分で演じて自分で撮るしかないと。自分の頭の中の妄想を映画にする自主映画なら自分でやるのはいいし、自分で演じるのが一番いいとも思っているのですが、大岡さんの素晴らしい原作を大勢の人に見せる映画と思ったので、自分が俳優をやるというのは気が進みませんでした。でも、お金も人も集まらず、目の前にあるものを全部使うということしかなかったんです。

●ロケも最低限の人数、日数だったとお聞きしましたが?
ロケ地や撮影スケジュールなど、パズルのように一番効率の良い方法を考え、最初から広げないで、凝縮した形でやりました。例えば銃ですが、もともと映画なので本物である必用はなく、自分たちで作った銃が後から専門家が見ても、「映画会社が作っているのよりよほど良くできているよ」なんて言われました。最後のほうのシーンに出てくるトラックも、誰にも段ボールだとは気付かれない完成度でした。「恥ずかしくないというものを作っていこうよ」という自負はあって、出来栄えは大丈夫です。
俳優の拘束時間はリリー・フランキーさんで一週間、中村達也さんで十日ぐらい。ただ、主役の田村だと百日にはなりますからね。主役は「誰がいいか」とも考えていましたが、コンタクトするには至りませんでした。

●監督自ら上映館を回りました。
全国のミニシアターで上映してくれそうな方に声掛けしたり、映画館の方から声を掛けてくれたりで、最初に申し出てくれたのが四十館。気持ちをこめて全部、一館、一館回って、映画を届け、なるべくお客さんと接しました。
「鉄男」以来の自主配給です。作品に賭ける思いが強く、不安で「どうなっちゃうんだろう」という気持ちもあって、この作品を手放して、「どうぞ御自由に」ではなくて、手塩をかけるというか目を配らないといけないなと。

●五十年前の市川崑監督の映画化では人肉食なども話題になりました。
人肉食だけを取り立てるものではなくて、そういう状況になってしまう戦争というものは恐ろしいという意味合いで撮りました。原作にはあって避けては通れないんですが、自然にそうなっていくという書き方にしました。
原作小説になるべく忠実にとは思ったんですが、キリスト教との絡みはなくても失礼にならないかと。美しい自然と人間の愚かさの対比を描くだけで十分で、風景の中に神がかったものが映像として感じられれば、テーマとして浮き彫りにしなくてもいいのではないかと思いました。 

●撮影での苦労
フィリピンの現地です。これまでは都会の映画だったので、ジャングルの中に踏み込むというのが大変でした。機材を運ぶスタッフも少なく皆、兼俳優で、おなかがペコペコ。何度も何度も走ったりすると、かなりつらかったです。
撮影のため今より三キロ痩せました。効率良く痩せるには炭水化物ではなく、たんぱく質を食べるのがいいのですが、あまりそういう準備をしないで現地へ行きました。でも、安い食堂では脂っこいものしかなく、そうすると痩せないんで、結局、食べないって方法しかなくなってしまったんです。バナナなどを食べていたけど、体力まで落ちてしまいました。

●戦場での暴力シーンの激しさについては批判もあります。
戦争体験者に聞いた話はあんなものではなくもっと恐ろしかったので、あれを暴力的過ぎるというのならまだ足りないです。まだ足りないけどさじ加減で、「この辺かな」と思ったんですが、多くの人が衝撃を受けていたので、このくらいで良かったのかと。
「鉄男」などでも暴力シーンはありますが、「野火」ではファンタジーではなく、嫌悪すべき嫌なものとして撮っているので全然違います。観ている方もファンタジーとして観るのと、実際に起こったこととして観るのは、違ったのではないでしょうか。日本にも戦争を美化して制作した映画がありますが、それは、絶対してはいけないことで、戦争の恐ろしさと愚かしさを残酷な描写であれ、伝えなくてはいけません。

●お子様ができて作風が変わったとの指摘も?
以前、「映画が優しくなった」と言われちゃったんですけど、今は「ちっとも優しくなんかないのに子供が生まれたことが影響した」というか、自分のペースというか、本来の形になってきたというか。「野火」にしても前はただ「作りたい」っていう感じだったんですけど、今は子供がいて「作らなければいけない」という使命感のようなものがありますね。次の世代に引き渡す立場として、「そんな戦争なんかする状態で引き渡すことはできない」という非常な不安があります。

●今後の予定
「野火」にお客さんが入らないと、「次のことまでは」と思っていたんですが、入り始めたので考えてもいいのかなと。いくつかある考えのうち、どれになるかは分かりませんが。遠藤周作原作でスコセッシ監督の「沈黙」に出演しました。来年公開されるはずなのですが、敬虔なクリスチャン役で、早く劇場で観たいです。

●ロンドンについて
映画祭と周囲だけですが三、四回来ています。以前来た時から思っていますが、日本人が好んで来るというのが感覚的に分かるようで、不思議と落ち着く気がします。

●休日の過ごし方
映画のことばかりを考えていますが、自転車に乗ることは意味もなく好きです。昔は遠出もしましたが、今は本当に普通に乗っているだけですね。

●読者へのメッセージ
「野火」は自分が想像した以上に強い反応があって、ものすごく多くの人が推して、劇場に詰めかけてくれました。おそらく今の日本の状況が心配で、この映画を考えるきっかけにしてくれたんじゃないでしょうか。
基本的に映画自体が特別な思想を押し付けるものであってはいけないと思っているので、観て感じてもらえればいい。ただ、次世代にそういう目に遭ってもらうのは嫌だと思っています。

サイバーパンク「鉄男」の監督が、骨太の戦争映画を撮ったと聞き若干、不思議な気もしていましたが、その裏には長年の思いと苦労が詰まっていました。戦後七十年の日本では安保法制をめぐり議論が続いていますが「野火」を観て改めて考えてみたいと思います。

『野火』ストーリー
第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。しかし負傷兵だらけで食料も困窮している最中、少ない食料しか持ち合わせていない田村は早々に追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。そして果てしない原野を彷徨うことになるのだった。空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら、田村が見たのは…。

『Snake of June(六月の蛇)』
Blu-ray&DVD絶賛発売中!
2002年ベネチア国際映画祭で審査員特別大賞。製作、監督、脚本、撮影監督、美術監督、編集、出演を塚本晋也、その他、黒沢あすか、神足裕司、田口トモロヲなど硬質な青いモノクロ映像の中、倒錯的な性愛描写を通して現代人が抱える心の痛みを繊細かつ力強く描く塚本映画の代表作の1つ。

http://thirdwindowfilms.com/films/a-snake-of-june


塚本晋也(つかもと・しんや)さん
1960年1月1日生まれ。東京出身。14歳で初めて8mmカメラを手にし、劇場映画デビュー作となった『鉄男 TETSUO』(1989年)が、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得。イタリア・ベネチア国際映画祭で『六月の蛇』(2002年)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011年)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。俳優としても活動しており、公開待機作に、遠藤周作原作×マーティン・スコセッシ監督『SILENCE(原題)』(2016年全米公開予定)がある。

 


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